転職して気づいた、“正しさ”と“現実”のあいだ  

― 見て見ぬふりができなかった私の浅はかさ ―  

転職して、新しい仕事を「探す」というのは本当に疲れる。  

労力も時間も使うし、おまけにたいていの場合、年収も下がりがち。  

何度も「どうしてあんな決断をしたんだろう」と、自分を恨めしく思った。  

精神的にもストレスが多く、安定を失った毎日に、  

「あのまま前の会社にいたほうが良かったのかな」と 、何度も頭をよぎる。  

通勤時間で消耗し、前より休む時間が減って、  

「我慢していればよかったのかもしれない」と思ってしまうこともある。  

我慢に我慢を重ねて、とうに限界を超えていたようにも思う。

また、思い出す。  

あの会社で見てきた、いくつもの“おかしい”ことを。  

上の立場の人が、自分の飲食代や自宅の改装費を会社の経費にしていたこと。

取引先への感情的なやりとり、そして従業員の愚痴を外に漏らしてしまう軽率さ。  

休日出勤の扱いには、人によって差がある不公平さ。  

日常的に、起きていること。

私はその一つ一つに耐え切れなかった。  

「もっと合法的に節税する方法がありますよ。」
「会社のために、こっちのほうがいいのではないですか?」

と提案しても、  

「そんなことをしたら税金を払うことになる」と言われて終わり。  

「会社の為にならないですよ。」と伝えても、全く通じない。建設的な話が、できない。

“いつだって自分は正しい”という空気の中で、  

尊敬の気持ちは少しずつ消えていった。  

(上の立場で…こんなのでいいの?)

残念で、残念でならない。

眠れない夜が、幾度もあった。

正しいことを選択したつもりだった。  

会社のことを思って行動したつもりだった。  

それなのに、最後はすべて自分のせいにされた――  

その悔しさは、今も胸の奥に小さく残っている。  

じゃあ、そんな環境を受け入れられなかった私が、浅はかだったのだろうか。  

正しさよりも、
適当にやり過ごすとか、慣れ、居心地を選ぶほうが賢かったのだろうか。  

答えはまだ出ていない。  これからも、出ないかもしれない。

けれど一つだけ言えるのは、  

目をつぶって我慢する自分に、あの時はどうしてもなれなかったんだということ。  

それまでに限界が何度も、何度も、何度もあったこと。奥歯をかみしめる日々。

とはいえ、過去はもう変わらない。

私は私なりに精いっぱい会社のことを考え、業務をこなし、頑張ってきたことは確か。

今日も、小さな後悔とともに、前を向く練習をしている。

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