私はずっと、自分は周りより劣っていると思っていました。
けれど、長いあいだ悩んだ末に、ある出来事をきっかけに、「実はそうでもないのかもしれない」と思えるようになりました。今日はその話を書いてみます。
片付けが苦手な私
私は整理整頓が得意ではありません。
掃除はします。でも、きちんと整理して、きれいに整えるのが苦手です。決められた空間にすっきり収めることができず、「見せる収納」のセンスもゼロ。収納に入りきらず、はみ出したものをどうすればいいのかが、いつもわかりませんでした。
もしかすると、これは子どもの頃からの刷り込みなのかもしれません。
「あんたは掃除が下手ね」
「片付けもできないんだから」
そう言われ続けるうちに、いつのまにか自信をなくし、「私はダメな人間なんだ」「何をやってもうまくできない」と思い込むようになっていました。
捨てられなかった理由
溢れたものを捨ててしまえば、話は簡単です。実際、昔の私は何でもすぐに処分して、さっぱりするタイプでした。
でも、捨てた後に「やっぱり必要だった!」と後悔したことがあり、それ以来、簡単には手放せなくなりました。しかも、一つひとつはまだ十分に使えるものばかり。判断がつかないまま、収納からはみ出したものが、目につく場所に残り続けました。
その正体は、書籍や、時間とお金をかけて通った講座、資格の資料でした。
部屋の隅に置きっぱなしで、床を拭くために動かすたび、隅にたまったホコリが目に入ります。そのたびに、なんとも言えない気持ちになる。見たくないのに、片付けられない。そんな状態が続いていました。
ある秋の日、やっと重い腰を上げた
秋も深まったある日、「やろう、やろう」と目をそらし続けてきたこの山に、ようやく向き合うことにしました。
「前にも片付けたけれど、結局また溜まってしまった。それなら、いつまでも執着せず、全部捨ててしまおう」
捨ててしまえば簡単なのに、どうしても手放せませんでした。捨てられなかったのは、モノではなく、「頑張ってきた時間」だったのだと思います。
全部捨てるつもりで、箱のふたを開けました。
……あれ?
中は、思っていた以上にすっきりしていました。捨てるものなんて、ほとんどなかったのです。
喉に刺さった小骨は、あっさり抜けた
長いあいだ、喉に魚の小骨が刺さったように、心にひっかかっていたのに。
いざ向き合ってみたら、そのつっかえは、するりとほどけていきました。
「なーんだ。意外と、ちゃんと片付いてるじゃない」
家族のように、見た目きれいに整えることは、私には上手にできないかもしれません。でも、だからといって、言われてきたことが全てではありません。
それを信じて、自分には価値がないと思い込む必要は、もうないのだと思いました。
わたしは、わたし
これからも、いろんなことを言われるでしょう。そのたびに「私って、そうなのかな」と落ち込んだり、胸が苦しくなったりすることもあると思います。
それでも、私のこれまでの歩みを知っているのは、私自身だけです。
わたしは、わたし。
背負い込んだ荷物は、肩に食い込んで、あざになっていました。それでも下ろせずに、ひとりで抱えていました。
でも、思い切って下ろしてみたら、案外なんてことない。そんなこともあるんだな、と今は思っています。
